Topics&Columns(2000年4月8日)
ムートンのラベルをDIY (Do it yourself)?(updated 4/8/00)
1993年のラベルを覚えていらっしゃいますか?クリーム色の背景に幼女が裸で横たわるというバルテュスの絵でした。アメリカではどうなったかご存知ですか?あのBATF (Bureau of Alcohol, Tabacco and Firearms この役所はどうしてこの3つが一緒になったのかといつも思います)が承認したにも関わらず、カリフォルニアのあるグループがこれは性的幼女虐待にあたると申し立てを行なって、結果としてムートンは「バルテュス以外にはありえない」として、米国向けのラベルは上部1/3は白紙ということになりました。
さて、先日のアカデミー賞の授賞式と同じ日に行なわれたということですが、フォーシーズンズホテルの第20回目のボルドーディナーが開催されました。400ドルのディナーだそうですが、そこで約110名のゲストには1993年のボトルとクレヨン箱も配られて、何とその場でラベルの上1/3の書き込み大会が始まったそうです。優勝したのは、キルロイ(アイルランドの劇作家とおもわれます)の作品をイメージして描いた不動産弁護士でした。特別ゲストとしてはかのムートンのオーナーであるバロンヌ・フィリップでした。バロンヌがそこでどのようなスピーチをしたかは伝えられていません。
ワイン・トゥデイの記事からでした。普通のワインでしたら、文字だけのラベルというのは当たり前ですが、ムートンに限ってまっさらのラベルというのはいかがなものでしょうか?当然の事ながらカリフォルニアのワイン産業のマーケティング戦略だったわけですが、今から思えば大人げなかったですね。さて、皆さんがそのディナーの席にいらしたら1993年のシャトー・ムートン・ロトシルドのラベルの上部1/3に何を描きますか?(・・・描いていたりして ~_~j H)
オーストラリアの収穫情報−3/27のワイン・トゥデイより(updated 4/8/00)
ローズモントワイナリーのフィリップ・ショー氏によれば、ハンターバレーの収穫は3月中旬には終えた様子。「量的には多くはなかったが、18年間のこの業界で活動を続けてきたが、この年がベストだ。そして信じられないことに収穫を終えて5分後に雨が降り始めた」と言い、色、ブドウのフレーバー、渋味、酸度も申し分ないという。
ヤラ・バレーではピノ・ノワールの収穫はすべて終了したという。「数年間こんな濃い色のブドウは収穫していなかった」というのはイェーリング・ステーションのトム・カーソンの話。4月第一週にシャルドネ、そのあとにカベルネの収穫を行なう模様。
チャーリー・メルトンは、バロッサでは4月の7日までには収穫を終えるだろうという。「結構驚いています。以外にも黒ブドウは色も他のバランスもよくて、偉大な年とは行かないまでもよい年です」
クーナワラでは、イアン・ホリックによれば3月27日現在でシラーズとメルローは収穫半ば、そしてカベルネは4月第一週には始まるとしている。「最近の雨のおかげで涼しくなって良くなった。メルローなどは1990年とか1998年並みに見た目が酔いし、シラーは非常にいいバランスで収穫している」
西オーストラリアのマーガレット・リバーでも収穫はスケジュールより早めの4月上旬には終了する。「最後の月でどのブドウも非常に早く熟成しました」とはヴァニャ・カレンの話。2つの台風のために洪水が起こると予想されたせいもあって早く収穫されたが、結局はひどい雨にはならなかった。「でも早く収穫して良かったと皆思っています。しかし非常に良いブドウが出来た箇所もあるし、そうでもなかったりで結構難しい年でしょう」
クラウディ・ベイは好きですか?(updated 4/8/00)
クラウディ・ベイといえば、泣く子も黙る(というのはいいすぎか)ニュージーランドワインを有名にした、そしていまだにニュージーランドワインでもっとも有名なワイナリーです。その造り出す究極のソーヴィニョン・ブランに世界が注目をしました。オズ・クラークの言葉を借りれば「あつかましいほどの酸味、そして遠慮のないグースベリーのフレーバー、パッションフルーツ、ライム、グリーンアスパラ・・・」が南島の北端のマールボロ産のソーヴィニョン・ブランを有名にした内容です。3回に分けての収穫によるフルーツバランス、低温長期発酵、そしてステンレスタンクからの早期のボトリングが可能にしました。そして、これがニュージーランドワインの「典型的」ソーヴィニョン・ブランとして生産されてきています。
さて、クラウディ・ベイは、その名を有名にしたワインとは違うレシピによるワインを生産し始めました。「テ・ココ」というブランド名で出ています。最近の「ワイン・プロ」(http://www.winepros.com.au/)に寄稿しているボブ・キャンベルMWによりますと次の内容です。
オークで発酵が行なわれ、シュールリーで18ヶ月間オークに入ったままで、ボトリング後も2年間の熟成を経てリリースされるようです。ワインは強いトロピカル・フルーツとたっぷりとバターっぽさを持っているといいます。従って店頭では1999年クラウディ・ベイと1996年テ・ココが一緒に並ぶという事になります。
そして記事の中には、これに対する反応が出ています。
「品質の高さは素晴らしいが、マールボロの巣を借りたカッコーのような位置づけだ」という評論家は多いです。(85年来クラウディ・ベイのワインメーカーである)ケヴィン・ジャッドは「クラウディ・ベイにとって代わるなどありえない。生産量は少ないし、ソーヴィニョン・ブランという品種の異なった表現である」と言っています。オーストラリアのハンターバレーのワインメーカーなども、同様のワインをラインナップに加え始めてます。そしてこの動きをサポートするグループは「多くの人々は、現在のスタンダードはあまりにシンプルすぎるとか、十分な熟成を欠いたブドウから造られたワインぐらいにしか考えていないから、改善する必要があるのだ」とも言っています。実際、遅摘のソーヴィニョン・ブランは、そのグリーンの成分とオークの成分はうまくかみ合って、ソーヴィニョン・ブランのキャラクターは失わないで程よいフレーバーを醸成するものなのだ。他の評論としては、「複雑みを持たせたワインを重要である」とか、「最近のボルドーのようにいろいろなスタイルがあってもよい」といったものがあります。
こういった反応を紹介して、最後にはボブは「選択が増えるのはよいことだ、しかし一貫性のあるスタイルをキープするというのも重要である」というマスター・オブ・ワインらしい締めくくりになっています。ボブの記事にはありませんが、「テ・ココ」は新樽を使っているようですね。
クラウディ・ベイについては、ちょっと付言する必要があるとおもいますが、自社畑で生産されたブドウを使い始めたのは1989年からです。マールボロのソーヴィニョン・ブランの力に魅惑されてオーナーとクラウディ・ベイを開始したのですが、樹齢を考えると若いのです。生理的なブドウの力、糖度とか酸度などを考えると十分なブドウになるとしても、ディテールを生み出す複雑性を持つまでには至らないというのが事実でしょう。もう一つ考えなければならないのは、いくらクラウディ・ベイのソーヴィニョン・ブランは売れているとは言っても、一般的にやはり売れているのはシャルドネです。クラウディベイでもシャルドネを生産はしているのですが、酸味が十分でないことから、自社のシャルドネに満足していなかったのも事実なのです(オズ・クラークのNew Classic Wineより)。ワインメーカーのジャッドが1996年から「テ・ココ」を造り始めたというのは、いろいろな事を考えての11年目からの新たなチャレンジではなかったでしょうか。会える機会があれば確かめたいと思います。(H)
ワインスペシャリスト・ウィーク(updated 4/8/00)
今週はThe Oxford Companion to Wineの改訂版を出したばかりのジャンシス・ロビンソン、シャトー・マルゴーの生産責任者のポール・ポンタリエの諸氏そしてカリフォルニアからはいくつかのワイナリーからの代表者が来日します。各地でソムリエ協会その他主催での講演、テイスティング・セッションが催されます。
とりあえず購入したワインセラーも、山ほど仕入れたワインの保存場所としては不十分という日本人が大勢いるわけですから、これぐらいのワイン専門家が常に日本に来ていてもおかしくはないともいえるのですが、それにしても今やブルゴーニュ赤ワインの金額ベースでの輸出ナンバーワンの国は日本なのです!すごい事ではないですか?
「何かが変だなあ」と思うのは私だけでしょうか?数字が間違っているのはないか?嘘ではないか?東洋の異文化を持つ島国がトップ?自分以外の人は高いワインばかり買っているのだろうか?この不景気に?
まあ事実は事実として捉えていただくとして、「ロマネ・コンティに挑む」(拙訳)の中には、カレラのワインは輸出市場では1992年からは日本がトップになったと書かれています。昨年私たちがジェンセン氏に会って確認した時も断然日本だと言っていました。日本からの客も大勢来るようになったといってました。そこで働いている従業員も「なんか半分ぐらいは日本人って感じだよ。今度のプロジェクトは神社を建てることになりそうだよ」なんてジョークを言ってましたが(また横道にそれた)、間違いなく日本でのワイン消費量は健康ブームが手伝って伸びつづけました。エノテカ、ヤマヤは店舗を増やしつづけ、東急デパートは売り場を拡張しました。
実は3月末にシャトー・マルゴーを訪れた際に、昼食テーブルでオーナーのマダム・メンツェロプーロスさんに対して、「日本人に対して質問はありますか?」と質問すると「そうねえ、どうして日本人はワインが好きなのかしら?わざわざ異国のフランスまで来るほどの興味があるのよね?」と質問をされました。明らかに日本向けの輸出が伸び続けてきたことを背景にこのような質問をされたと思いますが(統計データでは99年は、98年に比較するとボルドーワインは55%のダウンです)、はっきりいって私は墓穴を掘ったと思いました。そして『フランス人の立場からすればそう思うのもしかたないかもしれないなあ』と一人納得してしまい、結局答えとしては、「最初は単なるブームとかですが、勉強するとか、知識が深まれば、いずれはより源泉を知りたいと思うようになりますよね」などとくだらない一般論を言ってしまったのでした。
ときにマダムとはワインの話をするのはあまりにも面白くないので子育ての話をしました。マダムは普通の気丈な母親でした。ポンタリエ氏とは、女優の川島なおみさんの話をしました。それはそうとして、、、
どうして不況時に、プレミアムワインの売れ行きが伸びつづけたのか?アメリカであれば、不況であれば贅沢品から切っていくのです。貯蓄率が低いという事実がまずあって、そして不景気になれば日本とは違って極端に給与レベルが下がってくるし、あるいはそれ以上に仕事を失う人が大勢出てくるために、贅沢品どころの話ではなくなるのです。しかし日本とアメリカの違いは単に、アメリカは低く日本は高いという貯蓄率のせいではない、何かこう実質ではないものがありますよね。不景気に入ってからプレミアムワインを買いあさり始めたのですから。経済学的ではないです。
一言で言ってしまえば、ブランド志向が強いということなのでしょうか。われわれ日本人をひとくくりにして言うとすれば、その要素は大きいと思います。確立されたもの、ブランドとか歴史とか、そういったものが日本人にとっては安心感を与えるのかもしれません。同じ機能を果たすものなら、安物よりは名前のあるもの、皆が同じ文字の入ったバッグを持っても、そのほうが安心です。一旦興味が深まったならば品質に価格が見合っているかなどということは関係なく、ブランドが重要です。当然ブルゴーニュならDRCとかアンリ・ジャイエを買いあさらなければダメで、最近の新興の生産者ならパーカーが100点を付けたワインでなければダメということになっていきますよね、日本人としては!?
いずれにせよこのスペシャルウィークにセミナーに行かれた方は、そのメッセージ入れてくださいね(なんて言っても無意味なのは知ってますが)。(H)