Topics&Columns(2001年8月6日)

アルゼンチンワイン業界の新たな動き

7月29日付の南アメリカビジネス情報(SABI)からです。小さなワイン生産者が寄り集まってアルゼンチンの新たな業界を起こそうとしているというものです。

90年代の産業の集約化と海外企業の進出を経験したアルゼンチンのワイン産業の流れの中で、メンドーサ地区の20あまりの小規模の生産者が集まりプレミアムワインの生産をしようとしています。1990年にマス兄弟がメンドーサの小さなルファン・デ・クホと呼ばれるところに設立したワイナリーが産するワインは既に高価で欧米に輸出しています。そしてサンタアナ・ワイナリーで社長を務めたカルロス・マリア・バッソも同様にルファン・デ・クホにワイナリーを設立し、フィンカ・アマリアを生産しています。さらにエドアルド・カッソーネは、かつて相続したブドウ畑から採れたブドウをワイン生産者に卸していましたが、1998年ファミリア・カッソーネというワイナリーを設立しました。リカルド・ソントスはクチャス・デ・ルンルンタというワイナリーを設立して既に4万本を生産しています。最後にアンヘル・メンドーサもドメイネ・サンディエゴというブランド名で7千本のワインを生産しています。

ここまで書いて、とくに結論が無かったなと思ってしまいましたが、書いたからには載せてしまおう。

もうひとつアルゼンチンの話題。こちらは7月31日付ワイン&スピリッツ・アルゼンチンからです。

スペインのカヴァ生産者のコドーニュがメンドーサ地区での総額約6.3百万ドルのワイナリー建設に着手しました。このプロジェクトでは、4500平米の土地から120万本のワインを造る予定。建設が終わると同時に、2000年3月に栽培を開始したブドウからワインを生産します。生産量の80%を輸出し、残りを国内市場で販売するとのこと。

小規模のブティックを目指す生産者達と、海外からの大規模投資という対照的な事例です。(H)

コルク業者を訴えろ

デカンター・オン・ライン7/31からです。ついに出たという感じが私などはしました。ピエモンテのエリオ・アルターレは、コルクの汚染のせいで1997年ヴィンテージの80%のワインが売り物にならなくなったとしてコルク業者を訴えました。

「ある業者のコルク在庫が切れてしまったために別の業者のものを使用しました。ボトリングを開始して2日目になにかおかしな香りがするというのは感じていました」というのはアルターレ氏の娘のシルヴィアさん。

「その3ヵ月後にガンベロ・ロッソに18本のワインを持っていったときにたったの4本しかまともではなかったのです。他のワインは飲めませんでした」

アルターレ家は、実はこの業者から10年間、コルクを仕入れていますが、ワインをだめにしたコルクを生産したこの業者に対して苦情をしました。しかしながら業者サイドからは何の連絡も無かったためにこの5月に訴訟を起こしたというものです。法定は、状況分析を行なうよう命令しました。

コルク会社の保険会社の要請に基づいて行なっている分析作業の結果は、アルターレのセラーがバクテリアによって汚染されていたとし、一方のアルターレ側のアナリストはそのような事実は一切ないという結果となっています。9月に次の法廷が開かれます。

エスペラーロのワインメーカーであり、コルクの専門家でもあるデヴィッド・ベイヴァーストック氏は、

「コルク汚染は下がってきている。コルクに問題があるとしても、2%とか5%の話で、ここまで問題が大きいとなるとそれ以外の問題であることもありえるのではないか」としています。

まずは第三者による分析を行なって欲しいですね。まあイタリアのことなので、第三者などは無いのかもしれないですね。最初はそうかもしれないですが、そもそもコルク業者のせいにするのであればコルクを使うのをやめたらどうでしょうね?アルターレもことを荒立てると他の業者との付き合いが出来なくなるのでは?いずれにしても今後の展開に興味ありますね。(H) 

2000年ボルドーについて

買いましたか?皆さん。先物で?いろいろの場所での値段を見ましたが、結局日本のエノテカで買うのが一番安いようでしたね。

ビジネスウィークに「面白い記事を見つけた」と思ったのですが、思い違いでした。

スペクテーターのジェームズ・サクリングを始めとして、いろいろの評論家が、「2000年はエクセレントだけれども、すごくはない」といっているようなのですが――ちなみにビジネスウィークの中でのコメントは、ジャンミッシェル・ドリュックで、彼は2000年は1995、1996はもとより1998にも負けるというコメント――パーカーがこのように影響力をもつように至った背景と最近のボルドーの1982と1983の関係について、ふとある考えがよぎりました。

パーカーが出てきた背景は1982のボルドーだったわけです。他の評論家が1982はそれほど良くないという評価を与えたにもかかわらず、パーカーは1961以来のベストであるとしたわけです。評論家の中での意見の食い違いはあってしかるべきですが、またしても同じような状況にあるのかもしれないと考えてしまいました。

パーカーはいくつかのワインの1982ヴィンテージに100ポイントを与えていますが、1983には与えていません。しかし現在飲み比べてみると1983の方がよほどパーカーワインっぽい―凝縮していてフルーツが豊かで、骨格がしっかりしていて―と私には感じられるのです。1982はすでに熟成しているワインが多くて、やさしすぎるというか。だから1983を見つけたらすぐに買ってしまいます。(H)

海外進出の話

毎週毎週、ワイナリーの海外進出の話が絶えません。今週も、先に書きましたコドーニュ以外にもいくつかありました。いくつかのソースで伝えていた内容です。

シャプティエがニュージーランドに進出します。シラーを栽培します。シャプティエは他にも、オーストラリア、コルシカ、レバノンなどで場所を探しているようですが、「農学がないカリフォルニアでは行なわない」と宣言しています。

もう一つの海外進出はシャブリのラロッシュです。チリのヴァルディヴィエソとJVを行なうようです。ここでは、2001年ヴィンテージからピノ・ノワール、シャルドネ、それからカベルネ・ソーヴィニョンの生産を行ないます。新たなワイナリー建設が終わるまではヴァルディヴィエソのワイナリーでワインを生産します。

さらにもうひとつ巨大な合弁が出来ます。モンダヴィとサウスコープです。オーストラリアとカリフォルニアにワイナリーを一つづつ造るようです。生産するワインはプレミアムクラスのワインで2003年からの販売を目指すとしています。新世界同士の合弁というのも新たな流れになるのでしょうか。(H)

あるオークション

クリスティーズの年度末オークションの結果が7月25日のデカンター・オンラインに載ってました。

一番の目玉は1865年シャトー・ラフィット・ダブルマグナムでした。フィロキセラ前のヴィンテージで、たまたまリンカーンの暗殺もあった年で、売却予想価格は12000ポンド〜18000ポンド程度とされました。落札価格は25000ポンドおよそ435万円でした。

その他のワインは1982の一級があったようですが、ケースでラフィットが3100ポンド(約54.3万円)、ムートンが3000ポンド(約52.5万円)で落札されました。1990ロマネ・コンティは6本で12000ポンド(約210万円)で落札され、あとは1990のオーブリオン、1989のレオヴィル・バルトンが現在の2000年フューチャー価格より低い価格で落札されたとのことでした。

前日のサザビーズオークションでは1982は予想を上回る価格で落札されていたようですが、レンチャンではやはりコレクターの方も疲れているのでしょうか。しかし1990が2000フューチャーより安いというのは、やはり2000年ワインというのは品質で買っているのではないのですね。(H)

二つの「キウィ」のはなし

キウィ、キウイといえば、われわれ日本人にとっては果実のキウィのことですが、もうひとつ意味する言葉があります。ニュージーランドに生息する「キウィ鳥」を意味することがあります。キウィ鳥は大きなニワトリに似ていて飛べない鳥です。そして重要なことは「キウィ」、転じてニュージーランドを意味するのです。

・・・で二つのはなし・・・

一つは、フランスのあるワイン生産者がソーヴィニョン・ブランの名前として「キウィ・キュベ」として販売を始めたというものです。この話はいくつかのニュース・ソースで伝えていました。これに怒っているのはキウィ=NZの人々で、「おれっちの成功に便乗している」と言っています。キウィが必ずしもNZだけをさすわけではないので、NZの人々は何の手も打てないのだとか。

もう一つのキウィは、キウィ(結構気に入っている)の科学者が貴腐菌から貴腐ブドウを発生させるメカニズムを解明したというものです。貴腐菌はご承知のように、灰色カビ病も発生させるバクテリアで、湿度などの周辺環境がどちらかに誘導するものであると考えられてきましたので、今回生物学的にコントロールできる仲介物質を解明したという事実は大きなブレイクスルーなのです。既にビジネス化するための基金は集まっているとのことです。

最初の話は、「シャンパンという名称は使ってはならぬ」の逆を平気でフランスのその輩はやっているわけです。これは誇りの問題ではないでしょうかね。マーケティングだかなんだか分かりませんが、誇りをすてたフランス人にもあきれるというか、フランス自らこの輩を処罰して欲しいものです。(H)