Topics&Columns(2001年10月14日)

イングルヌックの偉大さ

9月後半に、「ナパ」の翻訳は出版しました。この中の中心のストーリーの一つに、今のニーボーム・コッポラ・ワイナリーにつながるイングルヌックの物語があります。カリフォルニアで超一流を目指し、品質のために全てを犠牲にしてワインを造りつづけたものの、時代の流れについて行けずに、最終的にワイン造りを諦め、そして失意の死を遂げた人間のストーリーです。

期せずしてワイン・スペクテーター最新号の特集が、イングルヌック、そしてイングルヌックを一流に仕上げたその人物、ジョン・ダニエルの記事でした。よくもまあタイミング良く出てくれたなあという感じなのです。

この記事はカリフォルニアワインの権威であるジェームズ・ローブが書いています。中身は、ジョン・ダニエルの話と、ジョン・ダニエルが造ったワインの話です。私どもの翻訳本に書かれた様に、「品質のための一切の妥協をしなかった。そのワインの品質は信じられないぐらいに高い」というようなことがかかれています。具体的には次のように書いています。抜書きしてみますと・・・

昨年11月、コレクターのエドワード・ラザラスの垂直テイスティングの席上で1964年ものまでの、29のワインのテイスティングを行なった。ダニエルが造ったイングルヌック・ワインの成功、きらびやかで一貫性のある品質のワインが今でもここにあるということを鮮烈に呼び覚ましてくれるものであった。

1960年代になってようやくカベルネ・ソーヴィニョンは、その地位を築き始めたわけだったから、ナパのカベルネの発展には、イングルヌック・ワインが大きく寄与していたという事実を再認識できた。・・・これらのワインはジョン・ダニエルと当時のジョン・デュワーが素晴らしいブドウ畑を開拓していたということも示すものともいえる。・・・彼らのワインメーキングのスタイルは厳しいものだった。熟したブドウを収穫し、バスケットプレスを使い、そして800から1400ガロンの大ダルを使って発酵させた。そして2年から3年にわたって大ダルで熟成させた。・・・デュワーは決してその技術を公開することはなかった。ラファエル・ロドリゲス(畑のマネジャーだった)によれば、ジョン・ダニエルがワイナリーを売却したとき、デュワーは怒りのあまりに自分の記録を処分してしまった。

・・・ニーボーム時代の2本のワインもテイスティングした。1897年ものと1892年物だった。両方ともコンディションがよく、フローラルで乾燥フルーツのフレーバーがあった。古酒特有のシェリー香などはなかった。・・・1930年代のワインは1933、1934、1936、1937年の4本のテイスティングを行なった。全て状態が良かった。しかしやはり1940年代もの1950年代ものははるかに優れていた。1940(94)、1941(97)、1949(93)、1952CaskJ-9(95)、1954CaskJ-3(93)、1954CaskB-5(92)、1958(97)・・・とポイントは全て高い。1960年代のワインは87から90の間のポイントをつけた。

昨年はボーリューの垂直テイスティングを行なったが、イングルヌックの品質に匹敵するものは全くなかった。仮にカリフォルニアのトップ25ワイナリーのワインと比較した場合どうなるだろうか―例えば、ハイツ・マーサズ畑、フェルプスのインシグニア、リッジのモンテベロ、ベリンジャーのプライベート・リザーブ、シャトー・モンテリーナ、スタグルリープ・セラーズ、はたまたダイアモンド・クリークなどなど、20年30年とこれらを飲みつづけてきたが、イングルヌックと比肩できるワインがあるとは思えない。

これらのワイナリーは、長寿のワインといわれているが、彼らのどのワインも、イングルヌックのヴィンテージワインの素晴らしさ―エレガントなフルーツをたたえた偉大なワイン―熟成の境地を証明できたわけではない。最近のカルト・ワインを見たときに1997年はグレート・ヴィンテージといわれたが、ブリアント、ダッラ・ヴァッレ、ハーラン、シャエーファー、コルギン、スクリーミング・イーグル、デヴィッド・アーサー、これらのワインが果たして2047年に、畏敬の念を感じるようなワインになっているだろうか。無理だろう。最近のワイン造りは、熟成した果実、豊潤で、派手なフレーバーと滑らかさを持っていて、そして派手にオークを効かしてあり、リリースしてすぐに飲んでも満足感が得られるようになっている。彼らがイングルヌックに近い手法でワイン造りを行なっているとするならば、より純粋に果実を生かしたワイン造りをしたいという意図があるはずだ。だが今は魅力的に見せたいという意図の方が強いのだ。

・・・どうしたらかのワインのようなワインを造れるのか。フランシス・コッポラとコッポラ・ワイナリーの若きワインメーカー、スコット・マクリードの二人は、真剣に考えている。マクリード自身は1959年ものは何度か試したことがあり、そのワインの個性に魅惑されたことがある。そして古のイングルヌック・ワインの成功の秘密は味の良い果実にあると考えている。

・・・イングルヌックの品質は、今日の新たな世代のワインメーカー達に影響を与え始めている。埃をかぶったボトルには様々な秘密を封じ込められているのだ。栄光と魅惑をたたえそして今日に挑戦を挑んでいる。

あとは歴史的な背景、ワイナリーの動きなどが要約して書かれていました。これは拙訳「ナパ」と重なりますのでここではカットしました。イングルヌックのワインの偉大さを改めて思い知らされる記事ですね。しかしその背景には様々な人間模様があったのです・・・「ナパ」を読んでいただければ幸いです。実際、最近美味いと思うワインを飲んでいて次に考えるのは、「誰が造っているのか?」「どんな人物だろう?」ということです。人間が造り出すものですからね。(H)

パリ産のワイン

パリにお住まいの皆さんでしたらご存知なのでしょうが、私は今の今まで知りませんでした。ブドウ畑がモンマルトル地区にあるのですね。10月9日のヤフー・ファイナンスからです。

ニュースによりますと、パリ市主催でこのブドウ畑からの収穫をいわう収穫パレードを行なったとか。ここに紹介されているペルトラン・ドラノー氏の言葉が面白いですよ。

「何年か前からこのワインを買ってますよ。でもそうしなければならなかったからですよ。うちのゲストには無理に薦められはしなかったですね。薦めはしましたよ。ただこのラベルはキレイでしょう?ってね。しかし年々品質が上がってきて、今では本当に飲めるワインになっていますよ」

「何を下らん。パリ産のワインなんて」などとおっしゃる事なかれ。なんでも16世紀には、モンマルトルは畑従事者の家が五万とあって、パリ産のワインは王家が飲んでいたとか。ただ品質は今ひとつで、17世紀には「利尿薬品質」という言葉で表現されていたのだそうです。しかし何といっても驚きは18世紀、全仏で最も生産量が大きかったのがパリ産ワインだったということです。フランスでもロワールでもなかった!最近よく言われるラングドックでもない!

まあそういうわけでパリというのは伝統的にはワイン産地でもあったというわけです。さてそれで肝心のワインのお味はといいますと・・・

「深い赤い色をしていて、透明で輝きがある。かすかに紫が入っている。香りはチェリー、それから焦がした感じのあるヴェルノン(プルーンをベースにしたリキュール)。口当たりはしなやかで、モンマルトルの活気のようなはつらつとしたフルーツのフレーバーがある」

と語ったのは、この畑のマネジャーのフランシス・ゴールダンでした。この記事にもちょっとでていますが、この地域を正式なワイン生産地区(ヴァン・ド・ペイ)としてEUで認めてもらおうという動きがあるようですよ。この記事は意外と面白い記事でした。(H)

 

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その他のニュース

10月12日のマスターオブワイン協会発表によりますと、今年のMW合格者は4名でした。ティム・アトキンズ(ハーパー・ワインズ&スピリット編集長)、ビバリー・ブラニング(ワイン教育会社経営)、リンダ・ジョサン(ワインコンサルタント)、パトリシア・ステファノビック(ワインコンサルタント)です。今年理論パートと実践パートに合格した人々の数も4名でした。この人たちにはテイスティングが残っています。

10月6日スペクテーター・オンラインによると、ルーチェはグラッパの生産も開始するとのことです。絞りかすはルーチェとルチェンテからのものをつかうようです。

10月8日付けスペクテーター・オンラインからです。ルイ・ジャドはボージョレ、ACモルゴンのシャトー・ド・ベルヴュー畑を買収しました。1996年のシャトー・デ・ジャックの買収に続くものです。

10月6日付けジ・エイジによりますと、オーストラリア・ワインエクスチェンジ(AWX)が立ち上がりました。3.8百万豪ドルのオファリングで20ワイナリーのワインをカバーします。バリックヴィルの最近のトピックをご覧ください。

 

全てのコメント、クレームはhm@barriqueville.comまでお願いします。(H)