日本のワイナリー
日本のワイナリーは、さまざまな雑誌やメディアで取り上げられるようになりました。 しかし、多くの消費者の目は、冷ややかなもの。ワインはグローバルな商材なのです。 ここでは、多くの人たちにアピールできるように、冷静に、世界的観点から日本のワインと業界活動を評価します。 このページでは、社会貢献している2つのワイナリーをご紹介します。
大和葡萄酒 (山梨県勝沼)
大和葡萄酒のフラッグシップワインは、「YASUMASA」。
YASUMASA1999は、2004年ジャパンワインチャレンジで「金賞」、そして「最優秀ジャパンワイン賞」を受賞したワイン。
このワインは、地域の知的障害者の自立活動の一環として行われている手漉き和紙作りを支援するという形で、 一枚一枚手作りのラベルを使用しているのも特徴。地域貢献を果たしている日本を誇るワインであり、ワイナリーである。
ココファーム (栃木県足利)
ワイナリーとブドウ畑が、カリフォルニアを彷彿とさせるオープンな雰囲気をもつ。
1980年代のはじめに、知的なハンディを持つ人たちの自立を目指してつくられたこころみ学園のワイナリー。 ワインメーカーのブルース・ガトラブは、カリフォルニア大学デイヴィスを出て、いくつかのワイナリーでの修行を積んでここにきた。 すでに16年ここで造り続ける逸材。ハンディのある人々が栽培するピュアなブドウと本物の技術が生み出すワインは世界レベル。
ウェブサイトは買える店・飲める店の紹介が全国をカバーしているという、消費者へのアクセスをまじめに考えたサイト。 ここまでマーケティングを考えている日本のワイナリーは他にない。
高畠ワイン (山形県高畠町)
http://www.takahata-wine.co.jp/index.html
いくつかある山形のワイナリーを代表する存在。フラッグシップワインは、「シャルドネ樽熟成」。国産ワインコンクールでも受賞暦がある。
ワイナリーのサイトは、ワイナリー自体が観光目的地としての役割を持っていることもあって、ワインにこだわらないオンラインショップを前面に出している。ワインについては「飲み方の提案」も多く、好感が持てる。
蒼龍葡萄酒 (山梨県勝沼町)
蒼龍ワイナリーは、「勝沼ワイナリークラブ」のメンバー。勝沼産ブドウにこだわった生産者集団。その中でも蒼龍は、無添加のワインの草分け。
無添加ワインは、特にワインの深みを追求するものではなく、ごくごくフルーティなワインで早飲みで飲みやすさを追求したワイン。
バリックヴィルでは「無添加」を馬鹿にしていたが、体に負担がかからなさそうなライトな甘口のワインは冷やして飲むといける。
もう一つ、あまり知られていないようですが「日本ワイナリー協会」を紹介しておきましょう。 日本のワインについての歴史の紹介があったり、統計情報があったり、参加企業へのポータルになっています。
ウェブサイトはこちらです。 http://www.winery.or.jp/index.html
ワイン産地情報 - 勝沼
ちょっとワインを知っている人だと、日本のワイン産地といえば、山梨県の勝沼ということになっています。 しかし、一般の人たちが知っているのは、「山梨はブドウの産地」というぐらいで「ワインはついで」ぐらいにしか考えていません。 普通の人に言わせれば、だいたいワインは、一にフランス、二にイタリア、三四が無くてチリ!ということのようです。 カリフォルニアでワインを造っているということさえも知らない人に、「日本でもワインはできるんだよー」ということを教えるためには、 地道な活動が必要です。幸い、最近では各メディアでも取り上げられるようになりました。バリックヴィルでは、日本のワイン産地を掲載していきます。
勝沼は日本で最もよく知られたワイン産地。その歴史は1870年代までさかのぼる。
実はこの年代と言えば、カリフォルニアでもようやくブドウ栽培が始まったころの時期でもあり、こ
れと比較する限りにおいては、歴史的には意外と古い。場所は、東京からは約100kmというところ。
勝沼町役場の標高は330mというから、標高はさすがに富士に近いということもあって高い。高いといえば、
実はチリのサンチャゴは標高は800mあるので、こちらの方がはるかに高い。
勝沼といっても、県外からここを訪れる人にとっては、どこからどこまでが「勝沼」であるという理解は無い。 実際には、塩山市、山梨市などの周辺の地域にもワイナリー、ブドウ畑は広がっていて、広がっているところまでが「大勝沼」と認識している。
いずれにしても、このあたりの地域は、ワインの産地というよりも、実はブドウの産地。 多くの訪れる人は、ワインは、ブドウの「ついで」ぐらいにしか考えていない。 そもそもワイン用のブドウが食べるブドウと違うということを知っている人は非常に少ないからだ。
これは大手が特に自社ブランドを作り上げていこうと躍起になっていて、かつ栽培農家ははただの『原料供給元』としての位置づけで、 「ワイン造りには最も重要である」といわれるブドウを買い叩き、地域として「勝沼のワイン」ということをサポートしてこなかったのも一因。 農家にとっても、高価格で取引される食用ブドウに力が入るのは当たり前で、ワインのためのブドウ作りは「ついで」しかなかった。
この点まったく南半球のワイン産業とは違う。オーストラリアではもともと、ワインを造るためにブドウがヨーロッパから持ち込まれるなど、 ワインに対する思い入れが高い。マーケティング的にも、まず産地ありきでプロモーションをしてきたために、1990年代後半からは、 国産ワインよりはるかに知られている。対する日本のワイン業界は、食用ブドウの成功の犠牲、そして大手メーカーの成功の犠牲になった。
とはいうものの、「勝沼ブランドを売る」という動きが無かったわけではない。1987年には、勝沼の12の生産者が集まって、 勝沼ワイナリークラブを作った。これは、自主規制を設けて、勝沼産ブドウで、誇り高い、そして品質の高い勝沼産ワインを造ろう! という目的のために設立されたものである。残念ながら、現在参加ワイナリーは8までに減ってしまったが、その崇高な精神は、 今は亡きメルシャンの元勝沼工場長をしておられた浅井昭吾さんの目指したところでもあった。
浅井さんは、ワイン造りの現場に立ちながらという意味では日本で唯一、そして日本のワイン業界をグローバル視点で、 かつビジネス分析的な視点で評論する二人のうちの一人であった。もう一人は山本博さん。この話しは別項に譲る。